青ペンギンの日記

i46bは基本的に漫画や小説のレビューをします。時として思索した跡を残していくと思います。

【感想】竜殺しのブリュンヒルド

読み始めたら止まらない、すばらしい物語だった

この作品は、ブリュンヒルドという少女がある人に語って聞かせるという体裁の物語だ。「どこで」「誰に」が、作品を読み進めていくうちになんとなく推測が付き、最後にブリュンヒルドとその人がいくらかの会話をして別れ、終わる。たった1巻で、ライトノベルという枠組みなのに、キレイに終わらせる。

 

思えばこの作品はライトノベルらしくない。ハイファンタジーを思い出させる重厚な雰囲気や、キャラクターの魅力以上に会話での駆け引き、物語の要素と民話的要素の中二的でない密接な繋がりなど。児童文学の設定でありながら、文芸的なことをやっている。矛盾的な領域2つがぶつかり合うジャンルとして、「ライトノベル」でしかできないことだ。だが、重苦しい。まったく軽くない。

 

あとがきにて作者は「愛と正義の物語が好きです。」(p.241)と述べている。わざわざ言うのだから、この作品は「愛と正義の物語」としての側面があるのだろう。ただ、真っ向から描くのではない。ドロドロとした激情と、残酷ともいえる結末を見ると、純に描かれているとは判断できない。

そもそも私は「愛と正義の物語」だと言われても、ピンと来なかった。

「愛」について。そもそもブリュンヒルドの目的は、自分を育ててくれた竜の仇うちだ。しかし、その竜は決して人を憎むな、復讐など考えるなと繰り返し言っていたようだ。ブリュンヒルドは竜への愛によって板挟みになっている。つまり、「愛ゆえの仇討ち」と「愛ゆえの赦し」。だが、その葛藤はあまり感じられなかった。初めから愛以上に、自らのために果たす復讐だった。利己的な目的なのはいくつかの会話から示唆されている。

次に「正義」。もしこの作品の中に「正しい」を探すなら、それは少女が暮らした「エデン」になるだろう。しかし、物語の冒頭にてそのエデンは燃える。正義は失われた。少女はブリュッセルとなり、エゴにまみれた人との駆け引きに身を放り込む。社会的な正義も積極的に描かれていない。ブリュンヒルドは良心すらも計算高く利用する。他の描写を見ても、正義を順当に肯定していない。

そもそも「愛と正義」が頭に浮かばない。あとがきにて言及されることで初めて『アンチ「愛と正義の物語」』としての姿が浮かび上がってくる。そのレベルだ。

作者はその点をわかっていて、「愛と正義の物語」へと向かいながらも離れていってしまう、「作者と作品が戦う」として断っている。とはいえ「愛と正義」を意識していてこれかよ。この面から再検討する必要がある。

 

私が特に気にして、楽しんでいたのは、「ブリュンヒルド」の真意はどこにあるなか、だ。「少女」と対比的に「ブリュンヒルド」は他の登場人物を通してのみ描かれる。彼女はあの場面で本当は何をかんがえてたのだろうか、最後まで読んでもわからない。煙に巻かれてしまう。そういった懐疑へと誘われていくのが楽しかった。

 

かなり細かく組まれ、明瞭な結末があるにもかかわらず、「ブリュンヒルド」とはなんだったのかという疑問が尽きない。ただ一読しただけでは終わらない魅力がある。

 

いろいろと余計なことを書いてしまったが、およそ「ライトノベル」に期待するものと違う、複雑な人間を描こうとする傑作だった。もっと精密に読んでなにか書きたいな。